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「誰が音楽をタダにした?」

2016.12.31.Sat.00:18
『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』
スティーヴン・ウィット著/関 美和訳

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単行本(ソフトカバー): 365ページ
出版社: 早川書房
発売日: 2016/9/21


内容紹介
「なんでこのことを今まで誰にも話さなかったんだ?」
「あぁ、だって聞かれなかったから」

田舎の工場で発売前のCDを盗んでいた労働者、
mp3を発明したオタク技術者、
業界を牛耳る大手レコード会社のCEO。
CDが売れない時代を作った張本人たちの
強欲と悪知恵、才能と友情の物語がいま明らかになる。

<年間ベストブックに選出>
FT、ワシントン・ポスト、タイム、フォーブス他
<各賞の最終候補作入り>
FTベストビジネス書、LAタイムズ・ブック・プライズ

「すでに知っている話だと思うなかれ」――NYタイムズ
「まるでスリラー小説のように読ませる」――テレグラフ

著者紹介
スティーヴン・ウィット Stephen Witt
1979年生まれ。ジャーナリスト。シカゴ大学卒、コロンビア大学ジャーナリズムスクール修了。シカゴおよびニューヨークのヘッジファンドで働いたほか、東アフリカの経済開発に携わる。『ニューヨーカー』誌などに寄稿。

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「DIAMOND online 2016年12月26日」 の記事に詳し過ぎる内容が掲載されてましたので転載致します。 まぁ、何が良くて何が悪いかというより、結局は所詮そんなモノって感じでもあるし、音楽著作権ってモノが金を生む道具となっているだけって事でしょうかねぇ。 音楽をされている方は読まなあきませんな! (´Д`)


音楽がタダになった3つの理由
DIAMOND online 2016年12月26日

要約者レビュー

いつから音楽は無料になったのか。日本の場合、WinMxやWinnyの登場あたりからという答えになるだろうし、アメリカにおいては、多くの人がナップスター以降と答えることだろう。だが、そもそもそういったファイル共有サイトが立ち上がる前から、音楽ファイルはインターネット上を漂っていた。

ファイル共有サイトのヘビーユーザーであった著者は、それらが一体どこから来たものなのか、突き止めたいという衝動に駆られた。その結果、生まれたのが本書『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』だ。著者は、音楽がタダになった理由として、(1)音楽の圧縮技術の向上、(2)音楽リークグループの出現、そして(3)広告収入という新しいモデルの登場を挙げている。この3つの物語が混じり合い、いくつもの謎解きと冒険が錯綜する本書は、まるでアドベンチャー小説のようですらある。すでに映画化も決まっているという話にも納得だ。

また本書には、90年代からゼロ年代のアメリカの主要アーティストたちの名前が次々と出てくる。音楽ファン以外が読んでも間違いなく面白い1冊だが、洋楽(特にラップ)ファンだと、ニヤリとさせられる場面も多いだろう。

CDが売れなくなった時代において、音楽産業ははたしてどこに向かおうとしているのか、そしてなぜそこに向かわなければならなくなったのか。本書を読んでいけば、その答えの一端が見えてくるはずだ。 (石渡 翔)

本書の要点

・mp3は技術的にすぐれていたものの、長い間mp2の後塵を拝していた。しかし、一般消費者がmp3ファイルを気軽に作れるようになったことで、mp3は音楽の新しい流通方式を生みだした。
・ほとんどすべての話題のアルバムをネット上に流出させたのは、たった1人の男だった。彼の最初の目的はカネだったが、最後はリーク活動そのものに取り憑かれていた。
・ファイル共有がメジャーになったことで、音楽業界は大きく低迷していた。その結果、広告収入によって利益を生み出すというビジネスモデルが生まれた。

要約本文

◆第1の要因:mp3の登場
◇mp3はこうして生まれた

音楽がタダになった大きな要因の1つが、mp3の登場だ。もともと音楽CDは、1秒のステレオサウンドの保存に140万ビット以上も使っていた。そこで、当時大学院生だったカールハインツ・ブランデンブルクは、人間の耳で実際に聞き取れるだけのビット数だけを確保することで、できるかぎり音質を保ちながらファイルを圧縮するという研究を行い、特許を取得した。業績を認められたブランデンブルクは、公的研究機関から、最先端のスーパーコンピュータやハイエンドの音響機器、著作権の専門家、そしてすぐれたエンジニア人材を与えられた。

1990年のはじめになると、ほぼ完成品といえるものができあがった。勢いに乗るブランデンブルクたちは、MPEG(動画専門家グループ)の主催するコンテストへの参加を決めた。このコンテストは、これからの時代の標準規格を設定することを目的にしたもので、14のグループが参加していた。結果、ブランデンブルクたちのグループが首位になったのだが、MUSICAMというグループもほぼ同点につけていた。そのため数カ月後、MPEGは複数の規格を承認するという方針を固め、ブランデンブルクたちもそれに従った。そしてMUSICAMの方式はmp2、ブランデンブルクの方式はmp3と呼ばれるようになった。

◇敗北続きのmp3

mp3のほうがmp2よりも技術的にすぐれていたが、mp2は知名度が高く、フィリップスという資金力豊富な企業からの支援があった。mp2が、デジタルFMラジオ、インタラクティブCD―ROM、DVDの前身であるビデオCD、デジタルオーディオテープ、無線HDTV放送のサウンドトラックの規格として選ばれた一方で、mp3はどこからも選ばれなかった。

mp3への主な批判は、音質のわりに処理能力がかかりすぎるというものだった。ただ、これは当初の規約に、MUSICAMの定めたルールに従うことが盛り込まれていたのが原因だった。フィリップスは、非効率な方式を押しつけることで、mp3を蹴落とそうと画策したのである。さらに、mp3へのネガティブキャンペーンも積極的に展開された。

それでも、ブランデンブルクのチームは懸命に状況を改善しようと試みた。この献身が実を結び、1994年までに、mp3は圧縮スピードでmp2にほんの少し劣るものの、mp2よりはるかに音質がすぐれた規格となった。だが、それでもmp3はmp2に負けつづけた。

◇新しい音楽のかたち

最初にmp3の価値を見出したのは、テロス・システムズというスタートアップ企業だった。mp2とmp3を聴き比べ、mp3のほうが断然良いと判断したテロスは、mp3をナショナル・ホッケー・リーグ(NHL)にライセンスし、その後も北米のあらゆるスポーツリーグに売り込んでいった。それでも、ブランデンブルクたちの取り分はわずかだった。

ブランデンブルクたちは、家庭用のユーザーにmp3を売り込むため、パソコン向けのmp3ファイルの圧縮と再生アプリケーション「L3enc」を開発した。これにより、一般消費者は、自分でmp3ファイルを作り、家庭用パソコンで再生することができるようになった。L3encの登場は、これからの音楽の新しい流通方式を示唆していた。

◆第2の要因:音楽リークグループの出現
◇音楽の不正コピーという「文化」

音楽がタダになった第2の要因は、インターネット上で発売前のアルバムをリークする秘密組織の存在だ。そのうちの1人が、ほとんどすべての話題のアルバムの流出源になっていた。それが、アメリカ南部のCD製造工場に勤務していたベニー・ライデル・グローバーである。

グローバーは、コンピュータに魅せられており、特にインターネット・リレー・チャット(IRC)にどっぷりハマっていた。そこには多くの海賊ソフトが転がっており、自由にダウンロードすることができた。彼らの文化は「ウェアーズ・シーン」あるいは「シーン」と呼ばれ、誰が海賊版をいちばん先に出せるか競い合っていた。特に、発売前の海賊版を定期的に入手できるメンバーは憧れの存在となり、デジタル海賊界で「エリート」として扱われた。

彼らはmp3というテクノロジーを賞賛していた。それまでは、wavでしか音楽を送れなかったため、ファイルサイズの大きさが問題となっていた。しかしmp3という圧縮フォーマットが出現したことで、たやすく音楽ファイルの不正コピーができるようになった。最初のデジタル海賊音楽グループコンプレス・ザ・オーディオ(CDA)が登場すると、すぐに数多くのライバルグループが現れ、無数の違法音楽ファイルがばらまかれた。90年代の音楽の不正コピーは、60年代のドラッグ文化にも匹敵する現象となっていた。

◇最強タッグの誕生

グローバーはインターネット上からネタを調達し、ゲームやPCソフト、mp3ファイル、映画など、ディスクに焼けるものはなんでも手に入れ、それらを売ることで小銭を稼いだ。ただ、最初は工場からCDを盗んで売るようなことは考えなかった。危険すぎたからだ。

だが、フィリップスが、ユニバーサル・ミュージックに工場を売却したことで、ジェイ・Z、エミネム、ドクター・ドレ、キャッシュ・マネーといった著名なラップ・アーティストのアルバムが、グローバーの勤務する工場で包装されることになった。そしてグローバーはラップが大の好物だった。

従業員のうち、選ばれたメンバーだけで構成される窃盗仲間に、グローバーも買い手として加わった。そして、同僚のツテを通じて、シーンのなかでも精鋭が集まるエリートグループであるラビット・ニューロシス(RNS)に招待された。RNSは1曲ずつコピーするのではなく、アルバムごと盗み、公式の発売日前に音楽をネットに流すことを目標にしていた集団で、「カリ」と名乗るリーダー格の男は、ユニバーサルの音源を入手する経路を求めていた。

かくして、グローバーは世界で最も大きい流出グループの一員になった。グローバーはあらゆるファイルにアクセスすることができるようになった。そしてこの特権を目いっぱい利用して、海賊版映画を売りさばいた。RNSもまた、グローバーの加入により、歴史上もっとも成功した音楽リーク集団にまで成長した。

◇シーンの終焉

だが、当然のことながら、RNSのメンバーも大人になっていく。1996年にシーンが始まった頃、参加者の多くは10代だった。しかし2006年になると、彼らも三十路にさしかかり、当初のようなワクワク感は消えていた。グローバー自身も引退を考えていた。いちばん大事なものは家族との生活であり、それを失いたくなかった。また、トレントサイトが流行したことで、誰でもコンテンツを簡単に入手できるようになっていた。グローバーのコネにはもうなんの強みもなく、海賊版DVDからの収入も落ち込んでいた。

カリも同じ気持ちだった。シーンの魅力はすでに薄れていたし、警察に捕まることも避けたかった。11年にわたって2万曲をリークしたRNSは、2007年1月19日、フォール・アウト・ボーイの「インフィニティ・オン・ハイ」のリークを最後に解散した。

だが、グローバーもカリも結局、足を洗うことができなかった。RNSが消えた数カ月後、彼らは極秘でリーク活動を再開した。もはや動機は、カネやオンライン仲間からの賞賛ですらなかった。2人はリーク活動そのものに取りつかれていた。たとえその先に待ち受けているものが破滅なのだとしても。

【必読ポイント!】

◆第3の要因:広告収入という金塊
◇仕掛け人ダグ・モリス

音楽がタダになった第3の理由は、広告収入という新しい「金塊」が見つかったからだ。その仕掛け人であるダグ・モリスはもともと、ワーナー・ミュージック・グループで北米を統括し、その後はユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)を業界1位まで押し上げた人物である。モリスの特筆すべき戦略は、自分や専門家の感性に頼ることなく、徹底して市場調査を信頼することだ。市場調査の結果から、ラップが流行するといち早く気づいていたモリスは、アメリカのラップ市場を支配した。そして歴史上もっとも力のある音楽エグゼクティブとして名を馳せるようになった。

◇ナップスターの登場

1999年6月、繁栄を極めていた音楽業界を急変させる出来事が起きた。ナップスターという新しいソフトウェアが開発されたのだ。ナップスターとは、ピア・ツー・ピア(P2P)と呼ばれるファイル共有サービスだ。ユーザーたちはタダでお互いのmp3ファイルの交換ができるようになり、2000年のはじめには、2000万人近くのユーザーを抱えるほどの人気を博した。

それでも、2000年頃のCD売上は史上最高を記録し、UMGは業界の先頭に立っていた。業界ウォッチャーのなかには、違法コピーが業界の売上に貢献していると考える人すらいたほどだ。だが、タダで手に入って何度でも自由に再生でき、音質も劣化しないのであれば、同じものにもう一度カネを出して買うわけがない。

ナップスターのファイル共有がCD売上を押し上げたのは、mp3を再生できる携帯型音楽プレイヤーがまだ普及していなかったからだ。つまり、音質のいいmp3プレイヤーが登場してしまえば、CDという規格は、もはや無用の長物となってしまう。結局、音楽業界は裁判でナップスターには勝利したものの、携帯型mp3プレイヤーの製造を止めることはできなかった。

◇新たな活路を見出す

2007年の終わりまでに、CD売上は2000年のピークから半減し、CDの値段も大幅に下がっていた。iTunesなどの合法的なmp3の電子売上では、その落差はとても埋められなかった。一般のファイル共有者に対する訴訟で負けることはほとんどなかったが、裁判に勝っても焼け石に水の状態だった。

しかし、モリスがユーチューブ上で公開されている音楽に広告がつけられていることに気づいた瞬間、すべてが変わった。モリスははじめ、自分たちが著作権をもったアーティストの楽曲のほとんどを削除した。もちろん、ユーチューブのユーザーたちは怒り狂ったが、一方でアーティストたちにとって、これは良いことだった。動画サイトは交渉に応じざるをえなくなり、その結果、モリスたちは広告収入の大部分を受け取ることができるようになった。

なにもないところから数億ドルという利益を生みだしたモリスは、これをきっかけに2009年12月、Vevoという音楽ビデオサービスを開始した。これにより、ミュージックビデオそのものに経済価値が生まれた。例えば、ジャスティン・ビーバーの「ベイビー」の前に流れる30秒のCMは、オークションで料金が決められ、3000万ドル以上の収入を生みだしたという。Vevoは1万人を超えるアーティストの30年分の作品を取り込むことで、見事コストのかかる販促物を高成長の利益源へと変えてみせたのだ。

一読のすすめ

なんといっても、著者の取材が凄まじい。その取材範囲は、アメリカ各地だけにとどまらず、ドイツ、ノルウェー、日本にまで及ぶ。下調べやインタビューにかけた時間のことを考えると、思わず絶句してしまいそうになるほどだ。内容としても、音楽に関するテクノロジーの栄枯盛衰がたくみに描かれており、まさに現代の「教養」としてふさわしい一冊と言えよう。






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HIDEAWAY 2017年1月 予定

2016.12.28.Wed.00:06
2017年1月 HIDEAWAY スケジュール

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Charge with 1drink   ※開演時間に御注意ください

3日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

4日 (水) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

5日 (木) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

6日 (金) 19:00~ 
REGGAE & SOUL SESSION (Bob Marley etc) とび入り ¥1,000

7日 (土) 20:00~ 
Blues 伝道 Project (Acoustic Blues) ¥1,500

8日 (日) 20:00~ 
TOKU(Harp.Vo.)・DAN(Vo.G)・哲(Vo.G)・OZZY(Vo.G) ¥1,500

9日 (月) 20:00~ 
NOBU Birthday LIVE  ¥,500

10日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

12日 (木) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

13日 (金) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

14日 (土) 20:00~ 
TOKU & Mystery Train ¥1,500

15日 (日) 20:00~ 
AKAGI'S Night - AKAGI - ¥1,500

16日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

17日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

19日 (木) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

20日 (金) 20:00~ 
佐藤弘之 & 五十嵐進 ・ TOKU、DAN、木下、カズ坊 ¥2,000

21日 (土) 19:30~ 
Rock'n Teddy's Folk Night ふりけつ正明・河野卓郎
・ミヤタツユキ・湯川岳・猫田ニコ・ションピン・OZZY&AiRi ¥1,500

22日 (日) 19:00~ 
歌声ナイト (フォーク、昭和歌謡、etc・・) 出演自由  ¥1,000

23日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

24日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

26日 (木) 20:00~ 
ハゲ富安 & シュウ ¥2,000

27日 (金) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

28日 (土) 20:00~ 
DAN ALL STARS (R&B) ¥1,500

29日 (日) 19:00~ 
HE BEATLES Night Vo.7 (ホスト大介、とびいりOK!) ¥1,000

30日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

31日 (火) 20:00~ 
Blues the Butcher 590213 ・TOKU & Mystery Train ・ 味噌バンド ¥3,500
https://www.facebook.com/blues.the.butcher.590213/


■ お問い合わせ
〒720-2117 広島県福山市神辺町下御領1383-4
TEL:084-965-0410 FAX:084-966-0007

Facebook Page
https://www.facebook.com/livehousehideaway






「Early Blues : The First Stars of Blues Guitar」 を読む

2016.12.25.Sun.00:08
トイレ本として (*_*;  ボチボチ読んだので時間がかかってしまいましたが・・・ "1920年代にスターとして人気を博し、録音を残したブルースマンの貴重なドキュメント" って事で、9人のギタリストについて詳しく書かれてあります。 邦題は 「ロバート・ジョンソンより前にブルース・ギターを物にした9人のギタリスト」 (本書の紹介文はコチラ

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アフリカ系アメリカ人ミュージシャンによるブルースの録音の始まりは、諸説ありますが1920年頃からで、"ロバート・ジョンソン" が初録音したのが1936年であります。 基準を "RJ" にする必要は全くないと思いますが、日本では名前入れてたら本が売れるとでも思ったのでしょうかねぇ。 まぁ、それはどうでも良い事ですが、タイトルは 『Early Blues : The First Stars of Blues Guitar』 でございます。

本書に取り上げている9人のギタリストの中には、マニアックなファンでなければ聴くことも無い方もいるのではないかと思いますが、その様なブルースマンの細かいデータを調査、記録された功績は素晴らしいです。 当時のレコード・レーベルやポスター、写真なども満載で、こちらも好きな方には堪らないのではないでしょうか。

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自分好みのブルースマンに関してはあれこれと調べたりしますが、それ程興味を持たないブルースマンに関しては、仕方が無い事だとは思いますが何となく知る程度ですわ。 日頃それ程気にしなかったブルースマンの生き様や、時代背景、他のブルースマンとの関係、曲について、録音についてなど、目から鱗が落ちるような内容でございます。

ギタリストとして、各プレイヤーのスタイル、楽器、どの様に影響を与えたかなどの説明も面白いですね。 なかなかマニアックなブルースマンを取り上げている本ではありますが、読んでから改めて曲を聴き直すと新鮮でもあるし、気付かなかった魅力を発見出来たりも致します。 もちろん資料としても価値のある一冊でございます。





National Guitar

2016.12.22.Thu.00:11
カントリー・ブルースを弾き始めて暫くすると、やはり気になるのが "リゾネーター・ギター" って奴ですな。 フィンガー・ピッキングと同様に、スライドもカントリー・ブルースの必修科目やと思っております。 (たぶん)

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Son House やら Bukka White が弾いてるギター見て痺れるのでありますが、普通のギターもマトモに弾けないうちから、「何時かはスライド覚えてリゾネーター弾きたいわ~!」 と夢を膨らませましたなぁ。

私のイメージ的には、リゾネーター・ギターと言えば "National" であり "Style-O" なのでありますが、素人が易々と弾けるものではないし、易々と買える値段でもないので、結構悩むところでもありますわ。 金属のボディと共鳴板が奏でる音色は、この楽器にしか出せない独特の響きを持っているので、嵌ったら抜け出せません・・・。

元々はアコースティック・ギターの音量が小さいので、ギターの音量を増大させるために考案されましたが、思ったほど音が大きくならなかったのと、エレクトリック・ギターという電気的に増幅出来るギターが出てきたため普及する事は無かったようです。

リゾネーター・ギター = "Dobro" と言われる方が結構多いのでありますが、この辺りの話 (いやいや、それはメーカーの名前で・・・) がややこしいので、説明するのが面倒な時もありますね。 (笑)

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1925年、ドペラ兄弟とジョージ・ビーチャムによってナショナル・ストリング・インストゥルメンツ・コーポレーション (National String Instrument Corporeation) が設立される。管楽器にも負けない大音量のギターを切望していたギター・プレイヤー達の要望に応え、ジョン・ドペラ (John Dopyera)(チェコの移民) によって考案されたリゾネーター・ギターは、1920年代から30年代にかけてブルース、ハワイアン、ジャズなどを演奏するギター・プレイヤーが愛用した。

しかし、経営上のトラブルからドペラ兄弟はナショナル・ギター社を離れ、1928年にドブロ・ギター (Dobro) 社を設立。ドブロ・ギター社との利権争い、エレクトリックギターの登場によってナショナル・ギター社は1942年に倒産する。

1988年、ドブロ社のリペア部門にいたドナルド・ヤングとマクレガー・ゲインズの二人がナショナル・リゾフォニック・ギターズ (National Reso-Phonic Guitars, Inc) を立ち上げ、ナショナル・ギターを復活させた。


って事で、戦前に作られたモノと新生ナショナルがございますが、比べれば当然戦前モノの音色が素晴らしいのでございます。 しかしながら、コンデションが良い個体に巡り合うのもなかなかであったり、法外な値段なモノもあったりと、難しい所でありますな。

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近年、新生ナショナル・ギターは様々なモデルがラインナップされておりまして、リゾネーターのイメージも変わりつつあるのかもしれません。

National Guitar HP
http://www.nationalguitars.com/






Rural Blues

2016.12.19.Mon.00:19
この様なブルースファンのお蔭で、貴重な映像が残されている事に感謝いたします。 m(__)m  そして、それがまた、私の好きなブルースマンを多数映していてくれてるので堪りませんわ。

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1989年に撮影されてますが、考えてみればそれ程昔の事ではない訳です。 前にも書きましたが、その頃に興味を持っていたら会う事も出来たのでしょうなぁ。

って事で、こんな感じが好きな方は御観覧下さいませ。 見応えあります!



December 1989, Ko de Korte and Tom Haarsma from The Netherlands, went to Mississippi searching for blues musicians playing the old rural blues. The aim was to record their music on cassette tapes, but they also had a small Super-VHS camera. The registrations took place in the homes of the musicians, sometimes in their bedroom. After visiting 18 musicians in 2 weeks they came back with a lot of audio tapes and 14 hours of video. November 2013, Ko de Korte and Dutch J den Hollander decided to edit a documentary of the footage. Seventeen musicians have died now, among them are Rule Burnside and T-model Ford.

Video-opnamen gemaakt door Ko de Korte en Tom Haarsma rond de jaarwisseling van 1989/1990, tijdens hun zoektocht door Mississippi naar bluesmuzikanten die nog de oude traditionele blues vertolkten.
Dat resulteerde in vele cassettebandjes met muziekopnamen en 14 uur videomateriaal op compact Super-VHS cassettes. Ongeveer 3 jaar later heb ik dat videomateriaal overgezet naar DV PAL en teruggebracht naar een gemonteerde versie van bijna 7 uur. In 2013 heb ik met Ko besloten er een montage van ruim 50 minuten van te maken.
Dat is de documentaire "Rural Blues" geworden.





告 「Blues 伝道 Project 第76弾!」

2016.12.16.Fri.00:19
少し気が早いかもしれませんが、2017年新春 「Blues 伝道 Project 第76弾!」 演らせて頂きます。

「Blues 伝道 Project 第76弾!」

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2017年1月7日(土) 神辺 「HIDEAWAY」 にて

Charge/¥1500 with 1drink  Start/20:00~

出演 : TOKU、Tany、ohashi、他


新春 Blues Show! 新年会! 飛び入りOK!


・お問い合わせ  「HIDEAWAY」
〒720-2117 広島県福山市神辺町下御領1383-4
TEL:084-965-0410  FAX : 084-966-0007






Robert Wilkins

2016.12.13.Tue.00:17
1896年1月16日、ミシシッピー州ハーナンドー生まれ。
1987年5月26日、テネシー州メンフィスにて死去。
本名 : ロバート・ティモシー・ウィルキンス

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幼い頃からギタリストであった "養父" にギターを習い、パーティーなどで歌っていたそうです。 定かではありませんが、実父は酒の密造がバレて州外へ逃亡したようです。 実父の姓が "ウィルキンス" だったとの事。 次の父親(養父)の姓が "オリヴァー" だったので、子供の頃は ティム・オリヴァー と呼ばれていたらしい。

1915年にメンフィスに移り、実父の姓を名乗るようになる。 ここで ジム・ジャクソン や ガーフィールド・エイカーズ らと知り合いギターを学びます。

1928年9月7日、ビクターに初録音。2曲、4テイクを録音。 「Rolling Stone」 がヒットするとラジオ番組にも出演するようになる。
1929年9月23日頃 "That's No Way To Get Along" をメンフィスで吹き込む。
1935年10月12日、ミシシッピー州ジャクソンで2曲録音。



1928年~1935年にかけて録音を続けましたが、ある時自分の演奏するパーティでひどい喧嘩が起こります。 それをきっかけに改心し、ブルースの演奏を止め教会に入り説教師となりました。

60年代にフォーク・リヴァイヴァル世代により、1964年に 「再発見」 されますが、ブルースの世界からは足を洗っていた為、ピードモント・レーベルにゴスペルのアルバム 「Rev. Robert Wilkins」 を吹き込みました。



『That's No Way To Get Along』
まぁ、有名な話なので説明は省略致しますが、英国の有名なロックバンドが盗作して訴訟問題にまで発展した元曲でございます。 「Rev. Robert Wilkins」 のアルバムには "Prodigal Son" と改題されて吹き込まれておりますが、これを聴いてカバーしたらしいとの事ですな。

戦前にブルースマンとして活動していた頃は軽快な感じの曲で、ギターテクニックと歌は素晴らしいものでありますが、強烈な個性はあまり感じられません。 戦後のゴスペルアルバムになるとギターも洗練され、声にも深みがありますわ。 説教師をしてたからか、歳を重ねたからか、何かを悟ったからでしょうかねぇ。


良くも悪くも英国の方々が取り上げてくれたからこそ、ブルースが再発見された訳でありまして、現在に至っているのでございます・・。 m(__)m






George Mitchell さんの話など・・。

2016.12.10.Sat.00:48
全くもってどうでも良い話でありますが・・。

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ブルース研究家でもあり、アメリカの音楽の歴史家、作家、レコードプロデューサー、写真家という様々な肩書きを持つ "George Mitchell" 氏は1960~80年代に南部でフィールド・レコーディングをされた方でありまして、"Alan Lomax" 同様に貴重な音源収集、発掘に尽力された方でございます。

現在は写真をメインとして活動されてるようですが、フィールド・レコーディング時に撮影した写真集なども出版されてます。 ほんまに貴重な音源や写真を残してくれた方でございまして、以前その事について感謝の気持ちを伝えたら喜んで下さいました。

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最近、George Mitchell 氏のページで、フィールド・レコーディング時に撮影した秘蔵写真を掲載したところ結構反響があったようで (私も当然喜びましたが)、気を良くしたのか他に数枚掲載してくれました。 ありがたい事ですわ。

イメージ的にカントリー・ブルースは昔の事のような感じがするのでありますが、実は年齢的に結構リアルタイムだったりするので錯覚します。 ブルースに興味を持ったのが遅かったので、余計そう感じるのでしょうなぁ。 

とまぁ、何やねん? って話でございました。 m(__)m


「The George Mitchell Collection」
http://bluesohashi.blog.fc2.com/blog-entry-832.html








Live報告 「Blues 伝道 Project 第75弾!」

2016.12.07.Wed.00:06
2016年12月3日 神辺 「HIDEAWAY」 にて

今回のゲストは最近広範囲に活動されてる 「深川 慶」 氏でございます。 前回は2ndアルバムを携えて、6月に来られたので半年振りになりますなぁ。 ありがとうございます。 m(__)m

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何時もの感じで~と思いましたが、久し振りに ティディ君が来てくれて、これまた久しぶりにアコギを弾いておりました。 Tany氏は久々に CBG(Cigar Box Guitar) でございました。 赤松氏は相変わらずエエ感じです。

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前回に続き何故かドラムを叩く ohashi でございまして、ベースは Tany 氏でございます。 玉ちゃん、ひこ&ちあき のバックを務めさせて頂きました。 そして ohashi は今回も最近嵌っている Blind Willie Johnson の曲をお披露目。

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「深川 慶」氏は何時もと違うセットリストで演って下さったようで、まさか Robert Johnson を演るとは思いもしなかったというか、そのイメージが無かったので驚きましたわ。 新たな 「深川 慶」 を発見できた感じがしました。

ライブの後はブルース談義で遅くまでグダグダと・・・。


って事で、伝道ライブも今年は終了でございます。 数えてみると、2016年は何やかんやで18回演らせて頂きました。 強化合宿やブルースミーティングなども入れますと、20回程でしょうかねぇ。 ほんまに皆さんブルース好き過ぎですわ。

引き続き2017年もボチボチと演りたいと思いますので、宜しくお願い致します。 m(__)m







「アメリカ音楽史」 を読む

2016.12.04.Sun.00:08
アメリカ音楽史
~ ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで ~

大和田 俊之 (著)

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単行本(ソフトカバー):308ページ
出版社:講談社
発売日:2011/4/8


内容紹介

そのサウンドと<歴史>はいかなる欲望がつくったか
ロック、ジャズ、ブルース、ファンク、ヒップホップ……音楽シーンの中心であり続けたそれらのサウンドは、十九世紀以来の、他者を擬装するという欲望のもとに奏でられ、語られてきた。
アメリカ近現代における政治・社会・文化のダイナミズムのもと、その<歴史>をとらえなおし、白人/黒人という枠組みをも乗り越えようとする、真摯にして挑戦的な論考。

2011年サントリー学芸賞[芸術・文学部門]受賞



久し振りに面白い本を読んだ感じがしましたわ。 細かい事はさて置き、アメリカにおける音楽というモノが、入り混じり混沌としたアメリカという国を如実に表しているように感じられました。

其々のジャンルに関して深い所まで考察している訳ではありませんが、音楽の多様性と流れ、背景が分かり易く書かれてあります。 多民族国家であり資本主義であるアメリカを、音楽を通して視る本なのかもしれませんね。


著者略歴

大和田/俊之
1970年、東京都に生まれる。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程修了。博士(文学)。現在、慶應義塾大学法学部准教授。日本ポピュラー音楽学会理事。専攻はアメリカ文学、ポピュラー音楽研究




Stompbox Ver.2

2016.12.01.Thu.00:12
以前製作したストンプボックは、その後使用することもなく、ライブハウスの倉庫に眠ったままになっておりました・・・・。 (*_*;

リゾネーターを弾く時の足置き台兼ストンプ用として制作しましたが、高さがあり過ぎて使い辛いのと、大きさと重さで持ち運びが面倒でございました。 数年振りに持ち帰りましたが、これは別の楽器に作り変えようかなどと考えております・・。

って事で、特にストンプボックスが必要な訳では無いのでありますが、趣味の一環として、暇潰しとして、小ぶりの Cigar Box が余っていたので第2弾を制作してみました。

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Cigar Box Guitar を制作するのとそれ程違わないような気も致しますが、ペラペラのべニアで作られた箱なので、それなりに補強を入れないと足で踏んだら粉砕間違いなしですわ。

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今回のポイントとしては、爪先でも踵でも音が捕れるようにピエゾを2枚貼り付けます。左右どちらの足でもストンプ可能になるし、シールドが外に向くようにセッティング出来るので邪魔にならないと思います。 一応ヴォリュームも付けてみました。

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前回のストンプボックスに比べれば小型軽量なので、持ち運びも苦にならない様な気もしますが、毎回使うのか? と言われれば面倒な気もしてきましたわ・・・。

Cigar Box Guitar を弾く時に使用すればインパクトはあると思うけどねぇ。 (´Д`)