FC2ブログ

Zora Young

2015.10.30.Fri.00:22
1948年1月21日 ミシシッピ州生まれ

7歳の時に家族でシカゴへ移住してからも教会でゴスペルを歌い続けたようですが、シカゴブルースの洗礼を受け1970年代よりシカゴのブルース・シーンで活躍。

15103001.jpg

1991年にデルージ・レコードよりアルバム 「Travelin' Light」 でソロ・デビュー。 老舗レーベル、デルマーク・レーベルからも3枚のアルバムを出しております。

現役のシカゴ・ブルース・シンガーとの事ですが、最近知ったばかりでございます。 全てを聴いてるわけではありませんが、歌い方が "女性ブルース歌手" っぽく無いのがエエですね。 「ぶる~す歌ってますがな!」 的な歌い方されると興醒め致します・・。



2011年に来日しております。





スポンサーサイト

リゾネーター ・ ピックアップ製作プロジェクト その9

2015.10.27.Tue.00:10
「National Style O に Pickup を仕込む」 の巻

15102702.jpg

ピックアップ製作プロジェクトなどと、何時の間にやら大げさなタイトルを掲げておりますが、お遊びで制作しておりますのでご了承くださいませ。 (^_^;)

実験用リゾネーター "リパちゃん" (Republic Texas Style O)で構築した自作ピックアップシステムを National Style O に移植する事に。 何と言っても National Style O をコピーして制作されたのが Republic Texas Style O であるからにして、同じ様に取り付ければ問題は無いはずである。

リパちゃんと同じような場所にマーキングして、躊躇せずに穴をあけてジャックを取り付ける。 コーンにピエゾを取り付けて、マイクを固定して・・。 移植しただけなので、これと言って追加事項は無いのでございますが、これまでのリゾネーター・ピックアップ& ミックス・アンプ制作過程につきましては、「こちら」 を参照して頂けたらと思います。

15102701.jpg

音出しをしてみましたが、こちらも特に問題は無さそうでございます。 部屋の中でアンプを鳴らしても、リゾネーターの音が大きいのでイマイチよく分からないという話もありまして、ライブハウス等で誰かに聴いてもらうか弾いてもらって、後日ご報告したいと思います。

今後の計画と致しましては、自作ミックス・アンプのグレードアップと、リパちゃんに新たなピックアップを仕込もうと思っておりますが、何時になるやらですな。 実際問題リゾネーターにピックアップが必要なのか? って話もありますが、アコギと一緒で、生でもラインでも出せるに越したことはないって感じでしょうかね~。 どないやろ? (´Д`)






Mississippi Fred McDowell

2015.10.24.Sat.00:14
ギターを始めた頃、フレッド・マクダウェルを YouTube で観て、とても人間業とは思えん! と驚いておりましたが、最近は色々な面でその魅力に惹きつけられております。

15102401.jpg

テネシー州ロスビルで 1903年~1906年の間に生まれたらしいのですが、1904年1月という情報もあります。 (当時のプランテーションに住んでいた黒人の記録は残されていない為)

10代後半頃からギターを弾き始めたようですが、弾き方を教えてもらえず自分のやり方で覚えなければいけなかったそうです。 「ギターは独学だ。たった一人でやって、自分のやり方をみつけたんだ」 とインタビューに答えておりますが、独特のスライドとキレのあるビートは衝撃的であります。

その後ミシシッピー州北部のコモに移住し、農業のかたわらギターを弾きながらスタイルを洗練させていったとの事で、1959年に民俗音楽の研究家で収集家のアラン・ロマックスがコモへやってきて、地元で誰か良いブルースマンはいないかと訪ねたところ、一番に名前が挙がったのがフレッド・マクダウェルだったそうです。



その晩家にいるフレッドを発見し、レコーディングすることを彼に勧めました。フレッドの記憶によると 午後の8時から翌朝の7時まで弾きまくったと言っております。 これをきっかけにその名が知れ渡るわけでありますが、フォーク・ブームに乗って62年以降にヘリテッジ、アーフリー、テスタメント、キャピトルに録音。 ローリング・ストーンズが彼の "You Gotta Move" を取り上げたり、ボニー・レイットが師事し共演もしております。

何とも泥臭いブルーズなフレッド・マクダウェルでございますが、とても信心深くゴスペルも演っております。 聖と俗、裏と表と申しましょうか、違うようでゴスペルとブルースは同じものであると痛感させられます。 彼の奥さん (Annie Mae McDowell) との掛け合いや、Fred Mcdowell & the Hunter's Chapel Singers などのゴスペルがまた最高ですわ。


1972年7月3日、腹部の癌が原因でメンフィスにて死去。



告 「Blues 伝道 Project 第54~56弾!」

2015.10.21.Wed.00:22
何時まで続くのか判りませんが、現在の予定でございます。
興味のある方はお気軽に御参加下さいませ~。


「Blues 伝道 Project 第54弾!」

15102101.jpg

2015年10月31日(土) 神辺 「HIDEAWAY」 にて

Charge/¥1500 with 1drink  Start/20:00~

出演 : TOKU ・ Tany ・ ohashi


飛び入りOK!


・お問い合わせ  「HIDEAWAY」
〒720-2117 広島県福山市神辺町下御領1383-4
TEL:084-965-0410


============================================
「Blues 伝道 Project 第55弾!」

15102102.jpg

2015年11月21日(土) 尾道 「OYE COMO VA」 にて

Charge/¥1500 with 1drink  Start/20:00~

出演 : おさむ ・ ひこ&ちあき ・ Tany ・ 山室 ・ Yamashima ・ ohashi


飛び入りOK!



・お問い合わせ  「OYE COMO VA」
尾道市久保1-5-18  ℡ 084-837-3001
http://www.geocities.jp/oye_como_va_etoh/index.html


============================================
「Blues 伝道 Project 第56弾!」

15102103.jpg

2015年11月22日(日) 神辺 「HIDEAWAY」 にて

Charge/¥1500 with 1drink  Start/20:00~

出演 : TOKU ・ Tany ・ ohashi


飛び入りOK!


・お問い合わせ  「HIDEAWAY」
〒720-2117 広島県福山市神辺町下御領1383-4
TEL:084-965-0410 





HIDEAWAY 2015年11月 予定

2015.10.18.Sun.00:17
2015年11月 HIDEAWAY スケジュール

14052101.jpg

Charge with 1drink   ※開演時間に御注意ください

1日 (日) 20:00~ 
NOBU & TOKU ¥1,500

2日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

3日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

5日 (木) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

6日 (金) 20:00~ 
SOUL MEET Tour 2015 HANA'S Organ Quartet ¥2,000
あんたも好きね! HIDEAWAY BAND

7日 (土) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

8日 (日) 20:00~ 
TOKU(Harp.Vo.)・DAN(Vo.G)・哲(Vo.G)・OZZY(Vo.G) ¥1,500

9日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

10日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

13日 (金) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

14日 (土) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

15日 (日) 20:00~ 
AKAGI'S Night  ¥1,500

16日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

17日 (火) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

19日 (木) 19:00~
とび入りナイト 出演自由 (ノンジャンル) ¥1,000

20日 (金) 19:00~
BLUES JAM SESSION  ¥1,000

21日 (土) 20:00~ 
HIDEAWAY 29周年  DAN ALL STARS & SESSION ¥1,500

22日 (日) 20:00~ 
Blues 伝道 Project (Acoustic Blues)  ¥1,500

23日 (月) 20:00~ 
温故知新 ALL ROUND PLAYERS ¥3,000

24日 (火) 20:00~ 
斉藤弘之(Vo.G)、五十嵐進(Vo.Piano)、BECK入江 ¥2,000

26日 (木) 20:00~ 
福山インストクラブバンド (ベンチャーズ ・ 寺内たけし ・ etc...) ¥1,500

28日 (土) 20:00~ 
TOKU & Mystery Train ・HMA ・Jacobs (BLUES NIGHT) ¥1,500

30日 (月) 19:00~
BLUES JAM SESSION  \1,000



■ お問い合わせ
〒720-2117 広島県福山市神辺町下御領1383-4
TEL:084-965-0410 





忘れられた白人奴隷

2015.10.15.Thu.00:37
ブルースという音楽をあれこれ調べていると、何やかんやと出てきますね・・。 アフリカから連れて来られた黒人より前に、アイルランド人が奴隷としてアメリカに連れて来られていたそうです。 奴隷制というものは古代から行われていた事であるし、現代でも行われている事でもあるので、色々と思う事などありますがコメントは控えさせていただきます・・・。 m(__)m


「アメリカで最初の奴隷はアイルランド人だった」

たくさんの人達がが、その性別、年齢にかかわらず、奴隷として、アメリカにつれてこられました。 人間としての名誉、権利 ・ 自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる。 所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡 ・ 売買の対象とされ、命令に従わない時は、ひどい罰をうける。 生きたまま火あぶりにされ、従わないものへのいましめとして、その首は通りに置かれました。

この残酷な事実を、全てここで説明する必要はないですよね。 アフリカ奴隷貿易の残虐行為は、みなさん衆知の事実です。 ここではアフリカの奴隷制度についてお話ししたいのではありません。

ある文献によると、ジェームス2世とチャールズ1世がアイルランド人の奴隷を主導していたと言われています。 イギリスの歴史上、有名なオリバー ・ クロムウェルも、この非人道的な行為を助長していました。

15101502.jpg
ジェームズ二世

アイルランド人奴隷貿易は、ジェームズ2世が30,000人の牢獄者をアメリカに奴隷として売ったことが始まりです。 その後、アイルランドの囚人達は、海外在住のイギリス人入植者へ売られるようになり、1600年の中ごろには、アンティグアやモンセラットの奴隷のほとんどはアイルランド人となっていました。 当時、モンセラットの人口の70%がアイルランド人を占めたほどです。

このように、アイルランドは、すぐにイギリスの商人達にとって、もっとも大きな人間収容所となっていました。 奴隷売買当初、アメリカへの奴隷の半分以上が実は白人でした。

1641年から1652年にかけて、500,000人以上のアイルランド人がイギリス人によって殺され、300,000人が奴隷として売られました。 これにより、たったの10年間で、アイルランドの人口は約1,500,000から600,000へと減少しました。 家族は引き裂かれ、イギリス人はアイルランド人の父親が、妻や子供たちを連れて、大西洋を越えることを決して許しませんでした。 これは結果として、ホームレスの女性や子供を増やすこととなり、イギリスは、その解決策として、彼女らを奴隷として、競売に賭けるなどしていました。

1650年代になると、100,000人以上の10~14歳のアイルランドの子供達が、両親から引き離され、東インド諸島の西部、ヴァージニア、ニューイングランドへ奴隷として売られていきました。 この50年代には、約52,000人のアイルランド人 (ほとんどが女性や子供達) がバルバドスとバージニアに売られていきました。 また、更なる30,000人ものアイルランド人が高額落札者によって、輸出されていきました。 1656年、クロムウェルは、2,000人のアイルランドの子供達をジャマイカへ連れて行き、イギリス入植者へ奴隷として売っています。

15101501.jpg

今日、多くの人々が、アイルランド奴隷の事実がどういうものであったか口を閉ざしています。 ある人は、アイルランド人におこった出来事を、「年季契約奉公人」 であった、という表現をつかうかもしれません。 しかしながら、17世紀から18世紀に起こった事実のほとんどが、アイルランド人奴隷を家畜のように扱ったという、残酷な事実以外のなにものでもありません。

アフリカ奴隷貿易はちょうど同じ時期に始まりました。 その事実は、詳細に渡り、くわしく記録されています。 この記録によると、アフリカ人奴隷は、当時毛嫌いされたキリスト神学に汚染されていないということで、アイルランド人よりも高い金額で取引されており、アイルランド人奴隷よりもはるかにいい扱いだったということです。

アフリカ人奴隷は、1650年代後半、とても高価(50ポンド)なものでした。 アイルランド人奴隷はというと、5ポンド以下のとても安価に扱われていました。 もし、主人が奴隷を殴ったり、やけどを負わせたり、死に追いやったとしても、犯罪にはなりませんでした。奴隷を殺してしまうことは、その主人にとって金銭面で不利益ではありましたが、より高価なアフリカ人を殺すよりも、はるかに安いものでした。

イギリス人の主人達は、自分達の個人的な満足や大きな利益の為に、アイルランド人女性達を飼育し始めました。 また、その子供達は主人の無償の労働力となり働きました。これは、主人達にとって、大変使い勝手がよかったようで、何らかの形でアイルランド女性が自由を手に入れることができたとしても、彼女達の子供は奴隷として残されました。 結局のところ、アイルランド人の母親達は、自分達が奴隷解放されたとしても、めったに、子供を残して出ることはなく、奴隷として残っていました。

当時、イギリス人は、市場シェアを高めるために奴隷女性 (多くの場合、12歳) をよりよく利用する方法を思いつきました。 :イギリス人入植者達が、アイルランド人女性 (子供も含め) とアフリカ人男性を更なる奴隷を得る為に、飼育 (交配) し始めたのです。 この交配により生まれた、新しい奴隷 「ムラート」 はアイルランド人達よりも高値で取引されるようになりました。 また、入植者達は新しいアフリカ人奴隷を購入するよりも、ムラートを購入することで、お金を節約することができました。

このアイルランド人女性とアフリカ人男性の交配は、数十年続き、広範囲に広がっていきました。 その後、1681年、「販売目的で、アイルランド人奴隷女性とアフリカ人奴隷男性に子供をつくらせることを禁止する」 という法律が施行されましたが、それは、単に、膨大な利益を得ていた奴隷貿易会社をの収益を止める、というのが目的で施行されたものでした。

15101503.jpg

イギリスは、この残酷なアイルランド人奴隷貿易を100年以上にわたり続けました。 記録によると、1798年のアイルランド暴動後も、何千ものアイルランド人奴隷がアメリカやオーストラリアへ売られています。

長年に渡り、アフリカ人とアイルランド人への残酷な人権侵害が行われました。 あるイギリス船では、船員たちの為の、大量の食べ物を積んでいたにも関わらず、1302人もの奴隷が大西洋に投げ出されたという記録も残っています。

ここで少し疑問がでてきます。 アイルランド人奴隷は、アフリカ人奴隷が経験したそのものと同じような、恐ろしく残酷な奴隷経験をしたのでしょうか。 また、東インド諸島西部で見られるブラウンカラーの顔の色はアフリカ人とアイルランド人の祖先の組み合わせから来ているように見えませんか。

1839年、イギリスがようやく、自身が参加していた地獄への使者という役割の終焉を決め、奴隷貿易を廃止しました。 この決議の間、海賊は奴隷貿易廃止を拒んでいましたが、新しい法律の制定は、除々に、この悪夢という名の 「アイルランドの悲劇」 を終焉へと導きました。

もし、誰か、奴隷とされていたのはアフリカ人だけであったという人がいるのであれば、それは完全に誤りです。

アイルランド人奴隷は、私達の記憶から消してはいけない、悲劇の事実です。 しかし、どこでこの事実が公表されているのでしょうか。 学校で教わりましたか。 歴史の教科書のどこにその記載があったでしょうか。 どうしてめったにこの話題に触れられないのでしょうか。

数えきれないほど多くのアイルランド人犠牲者の記憶は、誰にも知られていない私のような筆者から語られていいものなのでしょうか。 彼らの歴史はイギリス海賊が意図して、あたかも起こっていなかったことのように、完全に消しさったものなのでしょうか。

これまで、アイルランド人犠牲者の誰も、その痛々しい体験を母国に帰って語りませんでした。 彼らは時間と偏った歴史書が都合よく忘れた、失われた奴隷達なのです。


「日本人 in Blighty」 さんのブログより





Langston Hughes

2015.10.12.Mon.00:38
ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes、1902年2月1日 - 1967年5月22日)は、詩・小説・戯曲・短編・コラムなどに活動したアメリカン作家である。 ハーレム・ルネサンスの指導者とも呼ばれる。 それまでアメリカ白人作家によって描かれてきたアフリカ系アメリカ人のステレオタイプ (ひたすら従順・あるいは野蛮で知性に欠ける、など) とは異なり、黒人自身の視点からブラックアメリカ文化・風俗を提示することにより普遍的人間像を描いた。

先日教えて頂いた "ラングストン・ヒューズ" でございますが、 沢山の詞集を出されてるので何処から読んだら良いのやら・・と思っていたら、図書館に3冊ほど所蔵されてたので早速借りてきたのであります。

15101201.jpg

いやはや、これほどの方を今まで知らなかった自分が恥ずかしい、と思えるくらい素晴らしい "詩" でございます。 というより、"詩" という概念にとらわれることなく書かれている感じもあるし、伝承でもあるし、信念でもあるって感じでしょうか。 そこにある深さと悲しさは心に響きます。

借りてきた本の中に 「ジャズの本」 がありまして、どのような流れでジャズという音楽が出来てきたかをとても分かり易く書かれてました。 ジャズという音楽を知るのはもちろんですが、アメリカという国で様々な国の音楽が融合され生み出されていく過程を、これまた分かり易く書かれている素晴らしい本でございました。

15101202.jpg

「川のうた」 は絵本でありますが、深すぎます!こんなに深い絵本があって良いのか!ってくらい深いですな。 E. B. ルイス氏の絵がまた素晴らしい! 絵本なので子供が読む本や思いますが、エエ歳の大人が読んだら感動して涙が出ましたわ。

もう一冊は「Don't you turn Back (ふりむくんじゃないよ)」 でございました。


邦訳された本が沢山ありますのでボチボチと読んでいこうと思っております。 (´Д`)




「Flitz」 Polish

2015.10.09.Fri.00:21
メタルボディを磨くのに YAMAHA の 「MP2」 メタルポリッシュを使用していたのでありますが、 "National" が推薦している 「FLITZ」 メタルポリッシュ ってやつが気になってしょうがないので購入してみる事に・・・。

15100902.jpg

アメリカで20年以上の実績を持つ万能みがき剤 "フリッツメタルポリッシュ"。 金属・プラスチック ・ 塗装面の汚れ落し ・ 艶出し ・ 保護はこれ1本でOK! 金属だけでなく、プラスチック、塗装面、メッキ処理にもご使用いただけます。 もちろん他商品にありがちな、汚れは落ちるが手や皮膚が痛くなるような事もありません。 薬品を使用していないので、アメリカが認可する食肉加工工場での使用が認められています。

アメリカで磨きたかったら 「Flitz」 って感じなのでしょうかねぇ。 日本では 「ピカール」 がありますが、研磨剤が強すぎてプラスチックは無理ですわ。 って事で、早速試してみましたが、YAMAHA の 「MP2」 と遜色無いような・・・どちらかと言えば 「MP2」 の方が少し研磨力が強いような感じであります。

結論から言いますと、「Flitz」 と 「MP2」 は遜色ないって感じでございました。 購入し易さから言えば当然 「MP2」 なので、メタルボディを磨くのであれば 「Flitz」 にすることも無いようですね。 "研磨剤が入っていない" みたいな事書いてたりしますが、擦ればウエスが黒くなるので研磨剤は入っております。

15100901.jpg

2つを使ってみて気が付きましたが、どちらも同じような薄い緑色をしております。 これって成分同じって事? と気になって調べてみましたら、研磨剤としてアルミナ (alumina) というものが使われておりました。 こちらの方面は良く分かりませんが、研磨剤としてはメジャーなモノだそうで、「ピカール」 にも使用されてるんですねぇ。 粒子の粗さで研磨力が違ったり、混ぜてある材料によって性質が変わったり、用途が変わったりという事でしょうか。

曇る前にコマメに磨いていれば効果ありますが、くすんでから磨いても本来の輝きは戻らないようですな・・・。






ブルースとは、2

2015.10.06.Tue.00:17
神学的に考えると、黒人音楽については、黒人霊歌に啓示された事柄だけではなく、さらにそれ以上の事が語られなければならない。 確かに、大多数の黒人は、イスラエルの神が黒人の歴史に介入されて、彼らを奴隷制と抑圧から開放していたもうことを確認していた。

15100601.jpg

だが、すべての黒人が聖書の神的約束を、黒人の実存が持つ諸矛盾への十分な答えとして受け入れることが出来たわけではない。 ある人々は、神中心の考え方を、黒人の苦難の問題に対する解決策として取り入れることを拒絶した。 むしろ彼らは、 「まったくブルーだ、みじめすぎて泣くこともできない」 と歌ったのである。

ブルースは、黒人的体験の 「世俗的」 次元を描写している。それは、 「この世的な」 歌であって、愛と性について語り、また 「わたしの厩ではねているもう一匹のラバ」 について語っている。 さらにそれには、 「黒猫の死骸」、 「麻薬患者の手」、 「わたしのあの人を盗みとろうとしている陰口たたきのおんなたち」 について語っている。 ブルースは黒人的生となまのこの世、そして極度の抑圧状況の中で生き抜こうとする底力についての歌である。



わたしが書いたこのブルース、それを私は好きなように歌おう、
わたしが書いたこのブルース、それを私は好きなように歌おう、

こんなふうに歌っているのはわたしひとりだけさ、
誓って言うが、それはほかのだれをもよろこばせはしない。



黒人霊歌とブルース―アメリカ黒人の信仰と神学 (1983年)
ジェイムズ・H.コーン (著)、 梶原 寿 (翻訳) より






戦前の National Resophonic を修理する

2015.10.03.Sat.00:15
先日の伝道ライブの後で、弦落ちすると言っていた1930年代の National Triolian を修理する事に・・・。

15100304.jpg

症状:
年代物のリゾネーターには多々ある症状だと思いますが、コーンが凹んで (潰れて) 本来の高さが無くなり弦高が下がる。 当然の事ながら弦の張り (テンション) が弱くなるので、ピッキングが強かったりするとブリッジから外れやすくなる。 って感じでしょうかねぇ。 (素人判断)

一概には言えませんが、長期使用や使い方、保存の仕方などでこの様になるかもしれないし、戦前のコーンの厚さは極薄という話もあります。 まぁ、約80年も経っているギターやから、あり得ない事では無いとも言えますが。 戦前のリゾネーターで、弦高が低く押弦し易いなどと書かれている物には、コーンが凹んでいる可能性が無きにしもあらずかも知れませんなぁ。 購入時はチェックが必要かもしれません。

対処:
新しいコーンに交換するのが良いと思いますが、音色も当然変わります。 新しい音に納得出来るのであれば、それに越したことはないと思います。 現状のコーンを使用するのであれば、コーンの凹み (下がっている) 部分を手で戻せば直すことも可能です。 しかしながら保証は無いので、あくまで自己責任でお願いします。 コーンが古ければ少なからず金属疲労してるわけで、下手したら割れる可能性もあります。 その時は良くても後々割れる可能性も出てきますから・・・。

この他に、コーンはそのままでブリッジを作り直して高くするってのもあります。溝を深目にするって事じゃなくて、適切なテンションを確保することにより本来の響きが戻りますし、適切なテンションがあれば落ちないと思われます。

15100301.jpg

と、こんな感じで早速バラしてみる事に。 流石戦前ギターですな~ネジはマイナスでございます。 カバーを外すと80年間蓄積された埃が・・・。 (*_*;   内部の造りは現在の National より材と造りが良いように思えます。

ホールにはフェルトが貼ってあり、ビビりが出ないようにしてますな。標準装備なのでしょうか? コーンとホールの精度が良ければ必要ないモノなのか、これによって音色に変化が出るのか今後の研究課題って事で。

15100302.jpg

15100303.jpg

見たことが無い方には分かり辛いかと思いますが、取り出したコーンは縁側が下がっておりました。 適当に手で戻しながら適度にフラットになるように調整いたします。 本来なら高さを計測すれば良いと思うのでありますが、そのような道具も無いので適当に戻してセットして、弦高を見てまた手で戻す作業を繰り返すのでありました。

そして!凹んだコーンを戻す事により弦高も上がり、弦のテンションも上がり本来の音が蘇りました! これぞ戦前 National Resophonic ですわ、 凄い音で鳴ります!

こんなん聴いたら戦前欲しくなりますやん! (´Д`)