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尾関ブラザーズ

2008.08.16.Sat.23:31
日本ブルース界では伝説の男といわれている、尾関真。

憂歌団を通して知ったんやけど、ある時作詞・作曲者を見て鳥肌が立ちましがな。
気に入って唄ってた曲が全て「尾関真:作」やったんよなぁ。
日本語で唄うBluesの中でこれほどBluesを感じる曲はなかなか無いです。

「尾関ブラザーズ」 リアルタイムで聴きたかったなぁ~。



兄:尾関 真


弟:尾関 隆(左) 内田勘太郎(右)


70年代、名古屋でのブルースはかなりハイレベルだったそうです。
地元では結構有名でラジオなんかでライブもやっていたらしい。

この頃名古屋は、近藤房之助のバンドとかもあり、「OPEN HOUSE」
という店があって、近藤房之介や、尾関ブラザースが活躍していた。

残念ながらレコーディングの機会に恵まれなかったが、実力は当時の
憂歌団と競うほどのものがあった。
兄の真さんはソング・ライターとしての才能を早くから発揮し、「シカゴ・バウンド」
「俺の村では俺も人気者」「金持ちのおっさん」など初期の憂歌団のレパートリー
には彼の作曲が多い。

残念なことに弟の隆さんは早くに亡くなられたそうです。

憂歌団の勘太郎氏が尾関ブラザーズに出会った時のことをBlogに
掲載してましたので転用・・・。

あれは二人の憂歌団の時だったのか四人揃っていた時なのかはっきりとしないのですが名古屋に演奏に行ったのです。いりなかと云う所に在った「ライブ」というお店。ポーチの有る木造のしゃれた店だった様な。そうなのだ、名古屋の人は存外しゃれたのが好きなのだ。そこに行ったら二人組の男子が居た。今夜彼らも唄うのだ。聴いてびっくり。全て日本語。曲はストレート・ブルースは少ないが、どの曲もカントリー・ブルース、いやブルースとカントリーの香りがしっかりと有る。今迄聴いた事の無い日本語の音楽なのでありました。ブルージィな事を唄いながらもそれを覆うのほほんとしたムード。素晴らしいのであった。
彼らの名は「尾関ブラザーズ」。多くは兄さんの「まこと」さんが唄い、それに絶妙に土臭いギターを合わせる弟「たかし」。キムラ君も「こんな感じやったらええなぁ」と感心。私も正に以下同文でありました。(勘太郎 談)

丘の上勘ちゃん食堂」より


現在、兄の真さんは名古屋を中心にキューババンド「ドス・キゼオス」にて
音楽活動をしておられます。


尾関ブラザーズに関しての資料は少ないのですが、
「OPEN HOUSE」の閉店記念に制作された2枚組のCDがあるそうです。

『NOT THE LAST』Live At OPEN HOUSE (2-CD) 1991年

バレーボールズ、ALL STARS、永井隆、尾関ブラザーズ、
ファイヴ・キャラッツ、ジャスティン、スリッカーズ、UP-TIGHT、
松竹谷清、近藤房之助、後藤耕一、BoBo もQ、石河光也、
杉野暢彦(すぎの暢)、いとうたかお、やそすけ、山岡安などなど。23曲収録。

この時のビデオもあるそうですが、どちらも個人所有のモノと思われますので
陽の目を見ることが無いかもしれません。

お持ちの方は是非ご連絡くださいませ。m(_ _)m


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