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連休中出かけます・・・。

2008.04.27.Sun.23:47
音楽と関係ないんやけど、Bike の話。



Bike の活動も暫くしてなかったんやけど、急きょメカニックとして召集されてしまいました。

毎年GWに四国で「TOUR DE BLUEISLAND」略して TBI って国内 Rally があるんやけど、1週間四国の中を Bike で朝から晩まで走るんよ。

パリダカって知ってる?パリ・ダカールラリーって国際レース。あれの国内版やね。

「コマ図」と言うマップ見ながら走って、「SS(スペシャルステージ)」と言う競技区間でタイム計測されてそのTotalで順位が決まるってやつ。

分らへんやろなぁ~。

まぁ、そんな競技があって TBI は過去3回ほど参戦して、細かい Rally は幾度となく参戦。国際Rally まで行ってしまったのであるのである。

Guitar 弾く前はどっぷり Bike の生活してたから Bike の整備 & ノウハウは結構イケてるでぇ。
そんな訳で GW 中は Blog 更新出来ませんねん。

「TOUR DE BLUEISLAND」が気になる方は SSER ORGANISATION で Check してくだされ。
ついでに。 俺の Bike 関係のHPはこちらの「Ponny's Club」でございます。


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Blues の歴史 6

2008.04.26.Sat.23:57
ブルースの誕生 2



奴隷解放後、求職難に苦しんだのは黒人の男性であった。
女性はたやすく女中の職が見つかるが、男は農業労働のほかに技術がないのである。
職を求める移動労働者の数は南部だけでも何千人もいた。

激しい生存競争のなか給料を稼ぎ、生きていかねばならないという意識は
その音楽の内容を一変する。

ブルーズ化が進むと歌い手自身の経験を語る形式をとり、訴えるのは個人の生活体験、苦難や成功である。アメリカ社会の思想の影響下に生まれたものだが、この自我は、あくまで黒人の自我であり、個人の体験の内奥から激発する鮮烈な自我の個性なのである。

ブルースの詩型とある種の技巧は定型化され標準化されたが、歌い方そのものは全く歌手の好みのままで歌われた。歌手の個性的な歌い方が無ければ、そのブルースは他人の模倣で、創作品としての価値が認められなかったのである。

ブラインドレイモン「の」ブルース、ウィリィ・ジョンソン「の」ブルースなどのように歌い手名で呼ばれるブルース作品が生まれた。

ブルースの形式は無意識に働くだけで、歌い手(作り手)はただ思うがままに歌い・作り、形式に束縛される感じを全く受けなかった。とくに初期のブルースはその場限りの即興に任せ・座興に任せて作る楽しみの歌といった傾向が濃厚である。

ブルースの別の特徴は、楽器の伴奏を用いる点である。ワークソング等の労働時には手で楽器が使えないわけで、アカペラで歌うだけである。

特にギターはその音域や音色が歌い手に制限をかけることになったであろうし、逆にギターそのものも変化を蒙った。正規のクラシック・ギターではなく、むしろアフリカ楽器のバンジョーに似ていたので、それが人声に似た音やアフリカ特有の音色や和音を出すように変えられたのである。

ブルース自体の発生の起源を突き止めることが不可能なのは、ブルースが一つの独立した音楽形式と定義されているからである。この定義が、このユニークなパターンが生まれた瞬間がいつだったのかを特定することを不可能にしている。


弦を再生してみる。

2008.04.25.Fri.23:31
何処かで読んだんだけど 「古くなった Guitar の弦を復活させる」ってやつ。
どこまで戻るかもわからんし、面倒臭いってのもあるからしたことが無かったんやけど、
試す機会が出来たのでやってみたよ~ん。



今回テストしたのは 「D'Addario Light の Phosphor Bronze」って何時も使用してる弦です。
使用後放置して半年位経っていて真っ黒になってましたわ。

新品のシャラシャラした音が好きじゃないので、それが消えてからしぶとく使用。
チューニングが狂いだすか錆びてくるかしたら交換します。
Finger Picking で弾いていてサムピックも使用しない指オンリーなので切れることもないのじゃ。

- 再生の仕方 -

1、鍋に水を入れて沸かす。
2、弦を入れる。
3、10分待つ。
4、弦を取出す。
5、乾くのを待つ。

まぁ、これだけやねん。

感想:
確かに音が良くなって(戻って)ますわ!新品までとはいかないが、かなり良いです。
乾く前に布で擦って汚れを落としてみたけど綺麗にはならないね。黒いままですわ。
真鍮が巻いてあるから金属磨き「ピカール」で擦ってみると・・・。
「おぉ~。綺麗になるやん!」交換後すぐに再生したら多分綺麗なんだろうけどね。

一言:
煮るだけで再生使用するならやる価値ありです。
その後磨いたりするなら手間がかかるので、さっさと新品に交換したほうが良いと思います。
ピカールで磨くと汚れが落ちますが、弾くと指が汚れます。
話によると再生は1度だけらしいです。(機会があれば2度目挑戦してみます)


Sam Chatmon

2008.04.23.Wed.23:37
ええ味出してるんよなぁ。Sam Chatmon翁



1976年のフィルムやねんけど、79歳やで!頭が下がりまわ。
1983か4年に亡くなるまでレコーディングやライヴ活動を続けたらしいです。


■ Profile ■

1897年1月10日 ~ 1983年2月2日
故郷: Bolton, Mississippi
ミシシッピー・デルタ・ブルースのシンガー兼ギターリスト
1930年代に兄弟と結成したバンド、Mississippi Sheiksで人気を獲得しました。
(Charley Pattonとも異母兄弟)

Sam Chatmonの家族はMississippiのブロード・ミュージカル・タレント一家。
1900年代初期、Samが若い頃は一家のストリング・バンドで白人の観客相手にレギュラー演奏していた。

最初期のブルース世代であると共に、Samのバンドは 流行曲やバラッド、ポピュラーなダンス・ナンバーも演奏した。
ギター以外にもピアノ、バンジョー、ベース、マンドリン、ハーモニカを演奏。

Samの2人の兄弟、フィドル・プレイヤーのLonnie ChatmonとギタリストのBo Carter (Armenter Chatmon)もまた、有名なブルースマンである。

1940年代初めにMississippi州Hollandaleに定住し、プランテーション地域で働いた。

1960年に再発見され、フォーク・ブルース・アーティストとしての新たなキャリアを築いた。

1960年、Arhoolieレーベルでレコーディングし、また、他の多くのレーベルとも60年代、70年代にレコーディングをした。レコーディングやライヴ活動を続けた。
この20年間程の間に、広範囲に渡って、ツアーを行い、フォーク界で起った、ブルース・リヴァイバルに乗じた。

彼は、多くのよく知られたフォーク・フェスティバルに出演した。
その中には、1972年にWashington, D.C.で行なわれた"Smithsonian Festival of American Folklife"や1974年にTrontoで開かれた"the Mariposa Fest"、1976年の"the New Orleans Jazz & Heritage Festival"も含まれている。



The Mills Brothers

2008.04.21.Mon.23:47
男性のジャズ・コーラスの草分け的存在であり、1930年代から40年間に渡り
第一線で活動を続けました。



昨日の話に出てきた「The Mills Brothers」についてやねんけど。

トランペットやトロンボーンが入ってると思いきや、なんと!声で出してたんよね~。
Record やから直ぐには分からなかったけどよく聞くと声なんよな。

どうしても動画が見たくなって探したら沢山ありました。取敢えず見てね!


■ Profile ■

生まれ故郷のPiqua, OhioからNew Yorkに進出し、1931年にレコード・デビューしました。
この年、"Tiger Rag"と"Dinah"が大ヒットし一大センセーションを巻き起こしました。

彼ら兄弟の父親 ジョン・ミルス(John Hutchinson Mills(1882-1967))は床屋さんで、
「The Four Kings of Harmony」というバーバーショップ・コーラスをやっていました。

息子たちは、お父さんのバーバーショップ・コーラスを生まれたときから聴いて育ち、4男 Donald Mills (1915-1999) が7歳のときから、お兄さんたちに加わって歌うようになりました。
これがThe Mills Brothersの始まりです。

長兄のJohn Mills, Jr. (1910-1936)が突然不慮の事故で亡くなってからは父親がメンバーに参加し22年間Johnの代役をしていました。
ギターを弾いていた長兄の代わりにギタリストとして Norman Brown が新たにメンバーに加わり30年間ミルス一家の一員として活動を続けました。

メンバーすべてが楽器を声の質感ひとつで再現するそのスタイルは、 初期の頃にKazooというパラフィン紙を張った「ブーブー」と鳴る楽器(おもちゃみたいなもの)をラッパ代わりに使っていたのですが、ある時、カズーを忘れてきました。そこでHarryが両手の掌を口に当て、カズーならぬトランペットの音まねをしたのだそうです。

モンスター・ヒットとなった「ペーパー・ドール」はわずか数週間で600万枚以上を売り上げ、
今もアメリカの懐メロ・ラジオ局ではヘヴィ・ローテーションされているそうです。


Live House にて・・。

2008.04.20.Sun.22:59
Ukulele Live の後、皆が帰って居残った数名で Blues 談義に花が咲く。



TOKUさんが古い Record 出してきて試聴会・・・。

それにしても Record ってやつを久しぶりに聴きましたわ。
俺も Record を聴いてた世代やからね。懐かしいです。

家には聴かないのに Record 置いてます。捨てられないんよなぁ。
LPのジャケットには存在感があるよな。(デカイだけやん!)

やっぱりCDと音が違うね~。ノイズは別やで。
生音に近いんやろなぁ。聴いててプレイヤーが近くに感じますわ。

CDだと音確認用みたいなんだな。まぁ、俺だけかも。

そんなんで TOKU さんコレクションを聴いたんやけど・・・。
Sonny Boy Williamsom ?良いね! 再認識!

結局 AM3:00 頃まであれやこれや聴いて、帰りの車の中で Harp 吹いて帰ろうと思ったんやけど、最後に「これ聴いて帰り~。」って聴かされたのが 「The Mills Brothers」

黒人4人組のコーラスグループなんやけどこれがまた面白い!
(この話はまた次回ってことで・・・。)

「The Mills Brothers」聴いたおかげで 「Sonny Boy Williamsom ?」 のフレーズが吹き飛んでしまったんだな。

Blues 聴くのも結構大変やね・・・。



Ukulele Live Report

2008.04.19.Sat.21:31
Ukelele Live in HIDEAWAY  

2008年4月18日(金)

ハイダウエイでウクレレライブを始めてから何回目になるんやろ?
ウクレレ始めたばかりの頃に同じようなウクレレ弾きが3人出合って「福山でウクレレの輪を広げよう!」ってことで始めたんよね~。

毎回沢山のウクレレ好きが来てくれてありがとうございます。m(_ _)m















5月にまた Ukulele Live がありますので気軽に参加して下さい。
上手いとか下手とかは関係ないですよ~。
ウクレレ弾いたり聴いたりするのが好きならOKです。



久しぶりに Ukulele 触ったでぇ~。

2008.04.16.Wed.23:54


ウクレレライブが明後日あるんよね。

ウクレレのケースを引っ張り出して、ケースの埃を拭いて・・・。  カチャカチャ、パカッ!

「おぉ~、久しぶりやんウクレレ君。」 「腐ってるかと思ったけど元気そうやね。」

と、まぁこんな感じで ウクレレライブがある前々日くらいに開けてみるんよ。
Guitar 弾くようになってからさっぱりご無沙汰ですわ。

弾いてないと音が悪いね。毎日ちょっとでも良いから弾いてると良い音出るんやけどなぁ。

以前弾いてた Solo 弾きの曲なんかさっぱり忘れてるし・・・。
ジャカジャカ弾いて唄って誤魔化そう。


Ukulele Live in HIDEAWAY

2008.04.14.Mon.23:50
ウクレレ飛び入りライブ in HIDEAWAY




2008/4/18(金)

時間:20時頃 開演

料金:¥1000 (1drink 付)

飛び入り自由のライブ形式なので、どなたでも参加できます。

ウクレレ始めたばかり、人前で演奏してみたい、他人の演奏を聴いてみたい、
暇やねん、などなど理由はともあれウクレレ好きの方はぜひ一度お越し下さいませ。
結構おもろいで~!



■お問い合わせ■

LIVE HOUES HIDEAWAY since 1986

〒720-2117
広島県福山市神辺町下御領1383-4

TEL:084-965-0410 FAX:084-966-2290









Guitar の練習が・・・。

2008.04.13.Sun.23:48


Blog ってやつ始めてから Guitar を練習する時間が減ってしもた。
こんなん書いてる時間あったら練習せい!って感じやな。

なんせ、Guitar 始めたのが遅いんやから人の10倍位練習せなあかんやろ!
(でけへん、でけへん)

まぁ、ぼちぼちやらなしゃーないな。


Death Don't Have No Mercy

2008.04.11.Fri.11:29
Rev. Gary Davis  「Death Don't Have No Mercy」



1896年4月30日サウスキャロライナ州ローレンス生まれ。

医者の与えた目薬が悪く生後3週間で失明。(生まれつき、という説もあり)
30年代に Blind Boy Fuller らと活動し、35年に初録音。その頃からゴスペルに傾倒する。
44年にN.Y.へ移り住みハーレムやブルックリンでギター宣教師となり72年に他界するまで活動を続ける。

Blind Gary DavisはRev. Gary Davisとも表記されています。
Rev.とはReverendの略で牧師さんを意味します。


この曲好きやねん。
動画の絵が曲と合ってるんよね~。

練習してるけど Gary Davis のようには弾けませんわ。(当たり前や!)
だいぶ省略というかアレンジ変えて弾いてるけど、それでも難しいっす。
唄も雰囲気が出ないですわ・・・・。


BYE BYE BIRD

2008.04.09.Wed.23:30
Sonny Boy Williamson II  「BYE BYE BIRD」



1899年12月5日、ミシシッピ州グレンドラ生まれ

サニー・ボーイ・ウィリアムソン?ことライス・ミラーは、6・7歳頃からハーモニカを吹き始め、1930年頃まで教会音楽だけを演奏していた。

ある時 継父と喧嘩をした事をきっかけに家を飛び出し、アーカンソー州ヘレナに移る頃から彼の本格的な音楽活動が始まる。

ロバート・ジョンソンと南部を放浪し、ハウリン・ウルフにハーモニカを教え、ブルースの伝説的ラジオ番組『キング・ビスケット・タイム』のスターとなった、ブルース界でも最も華麗な人物の一人。


この曲好きなんよなぁ。
それにしても Harp くわえて何であんな音出せるんやろ?


TUNER

2008.04.07.Mon.23:14


「KORG GT-12」
ってやつ。

Open Tuning (A、G、E、D) が付いてるから俺みたいな初心者には便利やね。
Country Blues するには持ってこいやで!Ukulele もダイヤル回せばすぐ Tuning 出来るし! って思って買ったんやけど・・・。

で使うには確かに便利やなぁ。目の前に置いてMICで音拾えるしね。
Open Tuning にする時も考えずに済むし、たまに Ukulele 弾く時もこれで Tuning 出来るから便利やねんけどなぁ~。

そやけど、Live House とか外で弾く時なんかいまいち使えんのよね。

まず、内臓MICは周りが五月蠅いと使えないし、Line で Tuning 出来ても演奏途中で使おうと思ったらアンプとの間に入れないかんやろ。これが面倒なんよね。

結局、「YAMAHA TD-30M」あたりのクリップ式で小型のやつが一番使えるみたいやなぁ。




Blues の歴史 5

2008.04.06.Sun.20:15
ブルースの誕生



奴隷時代の黒人はアメリカ白人社会の経済に欠くべからざる存在であった。
黒人は牛や荷車のように必須の物財であり、そのようなものと同等に取り扱われた。

奴隷の生存に必要な最小限度の設備と待遇は、すべて奴隷所有者がが与えるのだから、奴隷には生活を自主的に支えるための努力も相違も意欲もいらなかったわけである。

だが、南北戦争後、数百万の黒人が奴隷解放された時、反動的に黒人の差別化が実施され、更に新しく現われた黒人隔離法(ジム・クロー)、その他の黒人排斥により過去の白人と黒人との密接な親近関係とは反対に、アメリカ社会からの黒人の疎外は倍加されてゆき、不慣れな社会の激しい生存競争の真只中で自立自存の戦いを始めなくてはならなかった。

しかしながら、奴隷解放のおかげで、人間らしい暮らしが約束されたのである。
たとえ素晴らしい白人ほどの生活でなくても。人並みの生活が出来るのである。

それに、自分一人でいられるという奴隷には絶対知られない喜びが初めて味わえた。
ミシシッピー州あたりの小作人のボロ小屋に住んでいても、自分自身でいられる余暇の時は、思いもよらなかった満足の時間である。

今まで唄えなかった歌も自分の声で自分の好きなように心ゆくまで唄えるし、皆が集まり唄って楽しむことも出来るのである。

また、自分自身で世を渡る自由も生まれた。農場から農場へ、街から街へ旅立つこともできるようになった。

黒人の生活体験の拡張と複雑化につれて、それを反映する新しい音楽が生まれなければならないのである。



Blues の歴史 4

2008.04.04.Fri.20:56
黒人霊歌

奴隷輸入の初期に、キリスト教を黒人に布教する考えは皆無であった。
アフリカ人は獣類と解され、畜生に神の栄光を説いても始まらないからである。




奴隷に与えられた最初の宗教は、他でもない奴隷用の教訓道徳である。

奴隷使用者はキリスト教となった奴隷が前よりもおとなしくなり、
逃亡や反抗や一揆を企てないようになることに早くから注目した。

キリスト教は奴隷の「しつけ」として使われ、「しつけの」教訓に従って現世で生活すれば、
死んでから「あの世で」楽しく生きられると教えられたのである。

キリスト教のおかげで、奴隷は神の国(天国 heben)に入ることができ、
そこでは「すべての罪と悩みが消えうせる」ってわけ。

メソジストとバプチストの激情的な福音主義は、最も奴隷の胸を打った。

キリスト教がこれほど奴隷の心を夢中にさせた原因の主なものは、それが聖書の古い時代から、迫害され虐げられた者の宗教だったことによる。

これは暴君ファラオのもとで虐げられるユダヤ人を、白人農園主のもとで酷使される自分たち奴隷に重ねて見ており、ユダヤ人がその「約束の地」を追い求めた激しい情熱が、そのまま救いの境地を切望する黒人奴隷の悲願にピッツタリ合致したのである。

黒人宗教音楽が、それ以前の労働歌や非宗教的な叫喚歌とは違う主題と内容を持つのも当然である。「うめき・わめく」というよりは「うたう」ことになるからだ。表現においても、それより旋律的に、かつ音楽的になった。

彼らの宗教音楽は、その表面的な形式は欧米を手本としていながらも、歌詞・リズムのみならず和声法に関しても、本質的にはアフリカ音楽にのっとるものを創造するに至った。とくに、「霊歌 (スピリチュアル)」については、奴隷が創造した最初の生粋のアメリカ音楽と言えよう。

黒人霊歌には次の主なタイプがある。

○ Call & Response(呼びかけと応答)
主唱者(leader)と低音パートの人たち(basers:旋律の基本部分を歌う・挿入句を入れる)が交互に歌う。

○ Long, Narrative
ゆっくりと、フレーズを長く引っぱる。哀愁をおびたメロディーが多い。

○ Short, Syncopated, Segmented
短くてリズミカル。シンコペーションが多い。この手の歌はアップテンポで歌われることが多い。

現在、黒人霊歌は黒人たちがヨーロッパの白人の民俗音楽を自分たちの音楽的嗜好の中に取り入れ、宗教的素材(=キリスト教)と結びつけたのだと結論づけられております。




Blues の歴史 3

2008.04.03.Thu.23:46
労働の歌 その2

アフリカ歌曲の歌詞はその音楽と同様、またはそれ以上の重要性を持つ。
アメリカの Work Song (ワークソング)や Blues の歌詞は二グロの音楽観において、
曲と同様に重要なのである。 
~ブルースの魂/白いアメリカの黒い音楽 著者:Leroi Jones より~



彼らがたばこや綿花農場で奴隷として働く中で、その労働効率を上げるために許されたのが、Work Song(ワークソング)であった。

「Call & Response(呼びかけと応答)」という部族間のコミュニケーション手段として発生した合唱を起源としている。

リーダーがテーマを歌い、コーラスがそれに答える。その答えは普通リーダーがテーマに付けた注釈、またはそれを即興的な歌詞で続ける返事である。

この即興性はアフリカ音楽の特性である。

このワークソングが集団で歌う形式であるのに対し、同じく農場で歌われたField Holler(フィールド・ハラー:農場でのかけ声)は、自由な即興に基づいて歌われ、しばしば歌詞を伴わない声楽曲となり、半ば唄い半ば叫ぶのである。

「生きることの切なさを叫ぶ」個人を主体としたもので、Blues の起源ともいうべき音楽である。




Pick で弾かれへん・・。

2008.04.01.Tue.23:13


Guitar を始めた時、Finger Picking Style の教本だったんで
Pick で上手く弾かれんのよね~。

普通だったらジャカジャカ弾くことから始めるからPick使用があたりまえで、
それでだんだんと上手くなっていくもんよね。 馴れなんだろうけどなぁ。

練習する曲もほとんど Finger Picking やからあかんのやけど・・・。

Pick 使ってジャカジャカ弾いてると、親指と人差し指の間で Pick が廻って
変な面で弾いてまうし、力入れたら音が変やし、「まぁ、ええわ。」って
止めてまいますねん。


Thumb Pick って物も Pick 同様使えんのよね。

ベース音にメリハリが出て良いんやけどなぁ~。指で弾く感覚とまるで違うんだな?

Pick 使って弾いる人が Thumb Pick 付けると違和感があまり無いのかな?
よく分かりませんわ。

ぼちぼち練習すれば、そのうち弾けるようになるやろか?